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シャーガス病 ってどんな病気なの ? [医学・健康]

  現在ネット上で 「シャーガス病」 という感染症が話題になっています。
これは一体どのような病気なのでしょうか?

  以下で解説します。

  シャーガス病とは、米国南部や中南米において発生する感染症で、
吸血性であるサシガメ(カメムシの仲間)をベクター(媒介)としています。

 この感染症にかかりうる動物(感受性動物)はヒト、イヌ、ネコ、サル
など150種以上の哺乳類。

 サシガメは半翅目サシガメ科に分類されるの昆虫の総称で、世界で
6,000種以上が知られています。


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  中南米産の約90種の吸血性サシガメのうち約50種から寄生性の原
虫が検出されており、うち10~12種がヒトなどの動物に病原体の媒介
を引き起こしているとされています。

 南米の家屋には時には何十~何百匹ものサシガメがいる場合もあり、
一般的に住民は常時感染の危険にさらされています。

  ちなみに日本にもサシガメ類は存在していますが、病気の原因とな
る種類はおらず、頻繁に出会う昆虫ではないので心配はないようです。

  中南米の田舎などでは家屋の土壁にサシガメが棲んでいることが多く、
そのサシガメが家屋の住人を刺し血を吸います。


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  それだけでは感染しませんが、サシガメがする糞の中に 「トリパノソ
ーマ・クルージ」 という原虫が多く潜んでいます。

  サシガメが人の血を吸った前後に糞をすることがあり、その際に原虫
が虫の体に付着、刺された人が痒みを感じてその部分を掻くことで皮膚
を傷つけた時などにその傷口からトリパノソーマ・クルージが体内に侵入
します。

  刺されると、毒性が強く非常に痛い(ハチに刺されるよりも痛い)そう
で、また、その手で目をこすると大きく腫れてしまいます(いちばん下に
に画像を貼りました)。


  シャーガス病はすぐには発病せず、一般に30年ほどの潜伏期間が
あるので、ほとんどの場合本人は感染にまったく気付きません。

  よって、子供時代に刺された人が、数10年経って大人になってから突
然に発症することになり、そこがこの感染症の恐ろしいところです。


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  現在までに日本でも感染者が見つかりました。

  中南米から日本へ出稼ぎで来ていた者が突然心臓の発作(心臓の破
裂)で死亡しましたが、その人を調べたところシャーガス病陽性患者であ
ったことが判明。

  さらに、調査の結果その人物が日本で献血を行ったことがわかり、そ
の血液の輸血によって日本人の幼児にも感染していました。

  その他にも、過去に日本で心臓発作によって死亡した人の中には、
実際はこの病気が原因であった例が多数含まれていたと考えられてい
ます。

  現在日本には南米から多くの出稼ぎ労働者(日系人も含む)が来てお
り、その人数と南米人のシャーガス病発症率から計算すると、現在日本
には数千名程度のシャーガス病感染者がいることが予想されます。

  そして、当人たちはそのことに気づいていない場合がほとんであると考
えられています。

  現在厚生労働省は、陽性の人は絶対に献血しないようにと呼びかけ
ているということですが、この呼びかけも効果はあまり望めません。


  感染することによる症状は、リンパ節、肝臓、脾臓の腫脹、筋肉痛、心
筋炎、心肥大(心臓の破裂)、脳脊髄炎、心臓障害 などで、イヌなどの哺
乳類も感染すると同様の症状が発生します。

  この病気は急性期の発熱時以外では血液からの原虫の検出は難しい
ため、潜伏期間中の診断が難しいとされています。

  治療薬もありますが感染直後しか効果がなく、また副作用も大きいと
されます。 さらに、現在では耐性を身につけた原虫も現れており、治療
も困難。

  結局、個人の力ではどうしようもなく、国による万全の対策を期待する
しかないようです。


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クリスマス と サンタクロース と キリスト教 についての 「なるほど ! 」 という話 [歴史]

  今日は12月25日ということで、クリスマスやサンタクロースにまつわ
るお話をしようと思います。

  まず 「クリスマス」 という言葉ですが、これはもちろん 「Christ - mas」、
つまり、イエスの生誕を表しています。

  イエスが誕生したのは紀元前4年のことですが、12月25日が誕生
日というワケではありません。 この日にイエスの生誕・降臨を祝おう、
ということです。


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  ちなみに イエス=キリスト というのは、ナザレのイエスという人が磔
刑によって1度死んで、そのあと復活してキリストになったということを
表しています。

  キリストというのは直訳すると 「油を塗られた者」 という意味で、当時、
王や司祭など宗教的に祝福された者にオリーブオイルを塗るという慣習
があり、このコトバがイエスにあてはめられて 「救世主」 というような意味
をもつようになります。

  ただ、ここではキリストの意味よりも、生前の(人間であったときの)イ
エスはイエスであってキリストではないということをおさえましょう。

  また、カリスマというのももともとはイエスのことを指しています。


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  聖書には、よく 「足に油を塗って、旅の疲れをねぎらう」 などの表現
がでてくるようなのですが、この地域は極端な乾燥地帯なので、皮膚に
油を塗るというのがニベア的な役割を果たしていたのだと思います。


  ナザレというのはイエスが生まれ育った土地の名前なのですが、昔の
人は 「地名 + 名前」 で呼ばれるのが慣わしだったようです。 レオナルド
=ダ=ヴィンチ(ヴィンチ村のレオナルド)なども同じです。

  イエスのお父さんはヨセフという大工、そしてお母さんはマリアという
娼婦でした。

  なので、イエスはおそらくヨセフの子ではないと思われ、そのへんを覆
い隠すために精霊によって 「処女懐胎」 に至ったということにされたのだ
と思われます。

 
  次に、サンタクロースについてですが、その前にキリスト教における
「聖者」 についてお話しなければなりません。

  西暦30年ころ、イエスの死と復活によってキリスト信仰が芽生え始め
ましたが、ローマ帝国ははじめ、カルト信仰だとしてキリスト教を禁止し、
厳しく弾圧します。 

(※) 当時、ユダヤ地方(イスラエル)はローマ帝国領域内にありました。

  その弾圧の中で、12使途の1人、ペテロが見せしめとしてライオンに
食い殺されたりしたのですが、その殉教を記念して建立されたのがサン・
ピエトロ大聖堂です。

  しかし、のちにローマ帝国は方針を変え、西暦325年、コンスタンティヌ
ス帝によってキリスト教は帝国の国教となり、ローマを拠点としてイタリア
の地に根を下ろすことになりました。

 その後 395 年、ローマ帝国が東西に分裂。 そして、この頃から侵入
しはじめたゲルマン民族の旋風によって帝国は蹂躙され、ついに476年、
西ローマ帝国は滅亡してしまいました。

  もともとローマ帝国の方々は、戦争と商売には長けているのですが、
文化的な事柄についてはあまり得意ではなく、なので、哲学においても
美術においても特筆するようなものはありません。

  自らのアイデンティティーを象徴する民族神話についても、ギリシア神
話をそのまま流用してローマ神話とにしてしまいました。

  ですからギリシア神話とローマ神話は内容的に同じで登場人物も一
緒です。 人物についてはギリシア読みがローマ読みに変わっています。

  たとえば、ゼウス⇒ジュピター(ギリシア読み⇒ローマ読み)、アフロデ
ィテ⇒ヴィーナス、ポセイドン⇒ネプチューン、エロス⇒キューピット とい
うように。

  ローマ帝国を蹂躙したゲルマン民族はローマ人に輪をかけて粗暴な
人たちであったため、帝国はすっかり荒廃してしまい、マッドマックスや
北斗の拳の舞台のようになってしまいました。

  ここからあと、ルネサンスに至るまでの1000年間がヨーロッパの 「暗
黒の中世」 といわれる時代です。

  この1000年間、ヨーロッパは中国、インド、ペルシアなどと比べ世界
でもっとも野蛮な地域であったわけです。

  ルネサンスまでの1000年間、人々の最低限の道徳を維持し、ヨーロ
ッパという地域的なまとまりや特徴を作り上げてきたのがキリスト教です。

 この意味で、ヨーロッパとキリスト教は表裏一帯、切り離すことができな
い関係だといえます。

  ただ、キリスト教のせいでヨーロッパの人々がいつまで経っても迷信
的で因習的な段階にとどまり続けてしまったのも事実です。

  それが12世紀ごろになると、多少の変化が現れます。

  きっかけは、1096年に始まった 「十字軍」。 この十字軍は、キリスト教
勢力とイスラム教勢力との間で行われた聖地エルサレムの奪い合いで、
奪ったり奪われたりが数世紀にわたってつづきました。

  このときに後進地域ヨーロッパが先進地域イスラムに接触したことで、
ヨーロッパに、窓ガラスをはじめ進んだ文化が入ってきました。

  そしてこの接触によって、ギリシア衰退後イスラム地域に保存されて
いたギリシアの哲学や学問もヨーロッパに逆輸入されます。 アリストテ
レスの思想体系に基づくものが主だったようです。

  この刺激を受けて、このあとヨーロッパ各地には大学が設立されてい
きますが、これら一連の動きのコトを 「12世紀ルネサンス」 といいます。

  そして約400年後、この変化が全面的に開花したのが 「ルネサンス」 だ
ということです。

  十字軍当時のヨーロッパ人の民族性を表す次のような話があります。

  イスラム側が勝ってエルサレムを奪った際には、イスラムはヨーロッパ側
の捕虜たちをきちんと扱ってその後ヨーロッパに返還したそうなのですが、
逆にヨーロッパ側が勝ったときには捕虜も含めてイスラム人は皆殺し、エル
サレムは1 週間にわたってヒザまで浸かるほどの血の海になったそうです。


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  さて、キリスト教の 「聖者」 の話です。

  キリスト教には聖典として聖書があり、そしてその外伝として大量の
「聖者列伝」 があります。 その一部は 『黄金伝説』 といわれ、古くから
多くの人に読まれてきました。

  聖者というのは、宗教的に正しいこと、良いことを行ったことで 「聖者」
と認められた人々のことで、そのエピソードが外伝として語り継がれてき
たわけです。

  聖者は 「St. ~(セント~)」 と呼ばれますが、外国にはサンフランシスコ、
セントヘレナ島など、「セント~(サン~)」 という地名がいかに多いことか。


 じつは、数多くの聖者が誕生してきた背景には、以下のような現実的
な理由があります。

  その昔、布教や武力によってキリスト教がその範囲を拡大させていく
際に、新しく支配したその地域には必ず、もともと信仰していたその地域
の神がいます。

  その地域でのもともとの神への信仰をやめてもらい、かわりにキリスト
教の神を信仰してもらうことになるわけですが、その際に一種の妥協とし
て、その地域のもともとの神を、キリスト教の体系の中で有力な地位につ
かせる、ココでいうと聖者として認めることでその地域の人々に納得して
もらうということです。

  これはキリスト教に限ったことではなく、他の宗教についても同じです。

  たとえば仏教にも、観音様、地蔵様、明王様、菩薩様などいろいろい
ますが、これらの信仰も同じ背景をもっている面があります。

  さらに、これは宗教だけではなく神話についても同じことが言えます。

  ギリシア神話には多くの英雄と呼ばれる人たちが登場しますが、ギリ
シア神話の中での英雄とは、神と人間のハーフのことです。 ヘラクレス、
ペルセウス、テセウス、アキレウス、カッサンドラ など。


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  ちなみに、ギリシア神話の中でいちばん偉い地位にある神のゼウス
はこの上ない 「美女好き」 で、人間の中に美しい女性を見つけると、自
ら美しい白鳥に変身してその美女を油断させるという卑怯なやり方で
女性に抱きつき、スグにその女性をはらませてしまいます。

  その結果として誕生したのが英雄の面々です。

  現在いちばん有名なのはおそらくヘラクレスだと思うのですが、この
ヘラクレスも、もともとはある地域の信仰神でした。

  やがて、ギリシア神話文化圏がこの地方を支配することになり、もと
もとの信仰神であったヘラクレスはギリシア神話の中で英雄という地位
につけられたということです。

  しかし、その当時はこの地域は有力な地域ではなかったために、ヘ
ラクレスは英雄の中でもマイナーな方で、その名もほとんど知られてお
らず、神話の中で重要な役割も与えられませんでした。

 ところが、その後その地域が経済や武力によって有力な地域になる
と、神話の中でのヘラクレスの地位も上がっていくことになり、ひいて
はもっとも有名な英雄にまで成り上がって現在のようになりました。

  このように、新しく支配した地域が有力であればあるほど、その地域
のもともとの神は、信仰体系の中で高い地位に任命され、重要な役割
が与えられるコトになります。


  それでは次に、サンタクロースについてです。

  サンタクロースは、もともと東ローマ帝国小アジア地方の司教 「ニ
コラウス」 がその起源で、この人が善行によって聖者として認められ、
「聖ニコラウス」 となりました。

  そして、聖ニコラウスの聖伝として伝わるのが以下のエピソード。

  「ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの
出来ない家の存在を知ります。 ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、
屋根の上にある煙突から金貨を投げ入れました。

  このとき暖炉には靴下が下げられていたため、金貨は靴下の中に
入っていたといいます。 この金貨のおかげで娘は身売りをせずに済
みました。」

  この逸話が由来となって、「夜中に煙突から家に入り、靴下の中
にプレゼントを入れる」 という今日におけるサンタクロースの伝承が
生まれたと言われています。

  その地方では、この聖ニコラウスの命日12月6日を 「シンタクラー
ス祭」 として祝う習慣があり、そこからサンタクロースと呼ばれるよう
になっていたようです。


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  ちなみに、サンタクロースの赤と白の衣装はコカ・コーラ社が自社
のポスターの中でサンタクロースの衣装をコカ・コーラと同じ配色に
したのがその起源だという俗説がありますが、それは事実ではなく、

  このポスターよりも前からサンタクロースの紅白の衣装の挿絵な
どが多く出回っていたようです。


  それでは最後に、西洋人の名前について。

  日本では、子供が生まれると親が自由に名前をつけることがで
き、最近では自由奔放な名前がつけられることも多いようですが、
このような日本の命名についての感覚を知ると西欧の人は非常に
驚くといいます。

  たとえばフランスでは革命後の1793年、命名法を全く自由化し
たところ、「貴族絶滅」 「自由の根本」 「カフェ・ビヤー」 など、とっぴ
な名前が続出したために、その後制限が加えられました。

  その際、主に聖者の名前からなる命名リストがつくられ、そのリ
ストと暦にある聖者の中から名前を選ぶように命じられたそうです。

  そのほかの地域・時代においても、欧米では子供の名前は宗教
が由来であるか、土地や職業の名前に由来するものがほとんどな
ようです。

  キリスト教ではもともと、神に創られたばかりのアダムが世の中
のすべてのモノに名前を与え、名づけることで自らの支配下におい
たとされていますので、そのへんの感覚が影響しているのかもしれ
ません。 (※)

 

 《 聖者の名前と、各言語での変化 》

  (名前 : ラテン語. 英語. ドイツ語. フランス語. イタリア語. スペイン語)

  ルカ :  ルカス. ルーク. ルーカス. リュック. ルーカ. ルカス
  マルコ : マルクス. マーク. マルクス. マルク. マルコ. マルコス
  ヨハネ : ヨハネス. ジョン. ハンス. ジャン. ジョヴァンニ. フアン
  ミカエル : ミカエル. マイケル. ミヒャエル. ミシェル. ミケーレ. ミゲル
  ゲオルギウス : ゲオルギウス. ジョージ. ゲオルク. ジョルジュ. ジョルジオ. ホルヘ
  パウロ : パウルス. ポール. パウル. ポル. パオロ. パブロ
  ペテロ : ペトルス. ピーター. ペーター. ピエール. ピエトロ. ペドロ
  ヨセフ : ヨセフ. ジョーゼフ. ヨーゼフ. ジョセフ. ジウゼッペ. ホセ
  ヤコブ : ヤコブス. ジェイムズ. ジャック. ヤーコプ. ジャック. ジャコモ. ディエゴ
  ステパノ : ステファヌス. スティーブン. ステファン. エティエンヌ. ステファノ. エステパン
  アントニウス : アントニウス. アンソニー. アントン. アントワーヌ. アントニオ. アントニオ
  ジェローム : ヒエロニムス. ジェローム. ヒエロニュムス. ジェローム. ジェロニモ. ヘロニモ



(※) 理解するとは分類すること
http://perfect-news.blog.so-net.ne.jp/2013-07-20-5

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大沢樹生 喜多嶋舞 息子 「DNA 親子不一致について」 [芸能]

 ここ数日、女優の喜多嶋舞さんと大沢樹生さん元夫婦とその息子に
ついての報道が世間を騒がせているようですが、いくつかの点でわか
りにくいところがあるので、ここで整理してみました。

  ちなみに、大沢さんはジャニーズ事務所所属のアイドルグループ
「光GENJI」 のメンバーとして87年にデビュー。

  94年に事務所を離れてからは俳優やソロ歌手として芸能活動を続
け、96年6月、女優の喜多嶋舞さんと結婚。 そのとき喜多嶋さんはす
でに妊娠3か月、いわゆ「デキ婚」 で、翌年1月に長男が誕生しました。


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  しかし、性格の不一致などを理由に05年9月、結婚生活にピリオドを
打つことになります。 その際、長男の親権は母親の喜多嶋さんが持ち
ましたが、小学校を転校させたくないという理由で、その後も長男は大
沢さんの家で暮らしていたといいます。

  やがて07年に喜多嶋さんが一般男性と再婚しますが、このときに親
権が大沢さんに移りました。

  大沢さんはシングルファザーとして息子を育て上げ、08年に一般女
性と再婚してからは3人で暮らしてきたということです。

  同じ08年、大沢さんは自伝本を発表。 熱の入った子育てエピソード
とともに、息子が感音性難聴の障害を抱えていることを告白し注目を集
めました。

  ところが12年10月、息子が 「週刊文春」 で大沢さんと喜多嶋さんか
ら受けたという壮絶な虐待を告白します。


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  これに対して、大沢さんはブログで虐待を完全否定。 息子は乳児期
の長期入院・手術により心的外傷後遺症を患ったため、「客観的事実と
大きく異なる認知及び言動」 の症状があると明かし、釈明しました。

  息子が週刊誌に事実と異なる内容の告白をしたことについて大沢さ
んは、「息子と過ごして来た15年間が心の中で音を立てて崩れる思い
がしました」 と心境をブログに綴っていました。

  そして同じく12年、現妻との間に授かった赤ちゃんが同じ年の5月に
死産したことから、大沢さんは 「何か自分のDNAに問題があるのかもし
れない」 という思いに至り、今年の2月、息子とともに海外の専門機関
でDNA検査を実施、1か月後に 「父性確率0%」 という結果が届いたと
いいます。

  ここまでの経緯について、大沢さんはテレビ番組の取材に応えて自
ら語り、DNA検査の結果についても事実だと認めた上で、「事実は事実
なんですが、私もどういう結果であれ息子を守る務めと義務があります
から」 とコメント。

  そのほかには多くを語ることはなく、深刻な表情で 「もう、すみません、
ほんと、こんな感じなんで ・・・・ 」 と話を終えます。


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  報道によると、現在親権はひとまず喜多嶋さんに移り、現在は弁護士
を入れて話し合っているという最中だということです。

  一方、相手側の喜多嶋舞さんが事務所を通してコメントを発表し、「少
年を巻き込んだ報道に非常に憤りを感じております」 と、実子問題を報じ
たメディアや大沢を批判。

  「親権を(大沢に)渡したことを後悔しておりましたが、本年9月17日に
再度調停を行い無事親権を取り戻しました」 と説明しましたが、問題の
核心である、本当の父親についてはふれていません。


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  別の報道によれば、性格や体型、死産だけが原因でDNA検査を受け
たのではないといわれています。

  喜多嶋との結婚時、泥酔して帰宅した彼女が「奥田瑛二さんがね、『君
が産んだ子は、俺の子じゃないのか』 と言うの」 と大沢に打ち明けたとい。
いこと。

 これに対し奥田のマネージャーは 「全く事実無根」 と完全否定したとい
いますが、現在行われている大沢・喜多嶋間での 「親子関係の不存在」
の確認を求める調停にあたって、大沢さんの弁護士に 「奥田さんの子な
のですか?」 と聞かれた喜多嶋さんは、「付き合っていた時期が(妊娠した
時期と)違います」 と答え、奥田との交際そのものは認めた模様。

  さらに弁護士が 「奥田さんじゃないとすれば、別の男性がいたというこ
とですか?」 と尋ねると、喜多嶋は否定も肯定もしなかったといいます。

 同じ報道では、奥田以外の父親候補として石田純一の名を挙げていま
す。 96年4月に、南青山で喜多嶋と石田が深夜親密に飲んでいる姿が頻
繁に目撃されており、時期的にも辻褄が合というのがその理由。

  しかし取材に対し、石田さんは喜多嶋との交際の事実そのものを否定し
ているようです。


 ・・・・・・ 以上が、現在までに伝えられている情報です。

  さて、現在ではすっかり耳慣れた言葉となっている 「DNA 鑑定」。

  刑事事件などでは、毛髪など、現場に残されたごくわずかな断片から
容疑者が割り出されることから、一般的に、DNA 鑑定というのはごくわず
かなものから割と簡単に判定できるものだとおもいがちですが、案外そう
ではないようです。

  一般人が親子鑑定などの目的で鑑定する場合、汗や涙、唾液、また
自然に抜け落ちた髪の毛ではDNAはまず分析できないそうです。

  目安として、無理やり抜いて毛根鞘が付いている髪の毛が5本あれば
ほぼ可能ですが、それも確実とは言い切れない。

  歯ブラシから採取することもありますが、20日以上毎日使って自然乾
燥したものに限られ、切ったツメであれば、手足で10個前後は必要で、
それも100%ではない。

  実際、いちばん現実的なのは口腔内細胞を綿棒でこすり取る方法だ
ということで、父親がこっそりと鑑定を依頼するというのは結構困難であ
るそうです。

  それでも最近は 団塊世代の父親からの親子鑑定の依頼が増えてい
ということで、 その中のなんと3 割が 「父性確率0%」 という結果になる
そうです。


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  それでは最後に、ではここでDNA鑑定について少しお話をします。

 DNA鑑定は、体の組織などからデオキシリボ核酸(DNA)を抽出して、
親子関係の有無、身元確認をおこなう際に実施されますが、鑑定は秘密
厳守。

  料金は15万円ほどですが、とりあえず親子関係を確かめるだけなら
4万円程度の簡易検査で十分だということ。 期間はいずれも 2~4 ほど
かかるようです。

 人の遺伝子は、約30億個の遺伝情報が連なっています。これは文字
情報に換算すると、ちょうど全30巻の百科事典と同じくらいの情報量です。

  遺伝子の配列はその場所によって、誰でも同じ配列の部分、個人個人
によって少しずつ違う部分があり、DNA鑑定においては、後者だけを増
幅する方法(PCP法) によって高密度かつ迅速な鑑定が可能となります。


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 ところで、テレビなどで、「DNAは生命の設計図」 であると言われること
がありますが、それは間違い。

DNAは 「設計図」 ではなくて 「レシピ」 にあたります。

  設計図というのは、その完成品と完全な1対1対応であるため、誰が何
回作ってもまったく同じモノが出来上がります。

  しかしレシピの場合、 誰がいつ作るかによって微妙に完成品が違って
きます。 たとえば10人が同じレシピを見てカレーライスを作ったとしても、
出来上がったカレーライスは味や具の大きさなどがすべて微妙に違うは
ずです。

 一卵性双生児でもお互いに微妙に違うのはそのためなのです。


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