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W浅野 『抱きしめたい ! 』 あらすじ  【 日本ドラマ30年史 vol.6 】 [テレビドラマ]

 それではつづきです。

 ここからはいよいよフジテレビの “デビュー” についての話になります。

 1981年、フジテレビは自局のロゴマークとキャッチフレーズを変更した。
(ロゴは左 ⇒ 右に変更)

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  従来の 「母と子のフジテレビ」 から 「楽しくなければテレビじゃない」 へ
の変更。 現在のフジを思えば、「母と子の ~」 というキャッチは耳を疑いた
くなるほど異質に感じる。

 面白い番組、笑いの取れる番組を作っていこうという意気込みをもって、
これ以降フジテレビは一気に“デビュー”することになるのだが、その先陣
をきったのはやはりお笑い番組だ。

  当時の“漫才ブーム”を担った「THE MANZAI」や、お笑いオールスター
番組 「オレたちひょうきん族」、「笑ってる場合ですよ」 といった番組が生ま
れ、どの番組も人気を博した。


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 ところで、「笑っていいとも」 は、もともと二番煎じの番組だったのをご存
知であろうか?

 まず初めに 「笑ってる場合ですよ ! 」 という番組が放送されていたのだが、
これは 「いいとも」 と同じくスタジオアルタでの公開番組で、曜日ごとに当時
人気のお笑いタレントが登場し、1週間をとおして見るとかなりの豪華メンバ
ーが揃っていたという、かなりインパクトがある番組であった。

 しかし、この 「笑ってる場合ですよ ! 」 は、やがて高視聴率をキープしたま
ま放送終了を迎えることになった。 視聴者の方からすると、“あれ?なんで
終わっちゃうの?” という印象だったが、これには、次のようなフジの方針転
換があったようだ。

  このように、毎日のごとく長時間彼らを露出させることは、彼らの人気を早
くすり減らしてしまうことにつながる。

 つまりは、露出が多すぎることがかえってお笑いタレントたちにとってマイ
ナスになるという判断にもとづいての番組終了だったようだ。

 そして、そのかわりに彼らのための番組として作られたのが 「オレたちひ
ょうきん族」 であった。

 このようにして人気番組 「笑ってる場合ですよ ! 」 は終了し、その後釜とし
て始まったのが 「笑っていいとも」 であった。 しかし、当時のタモリは今ほど
の存在ではなく、世間の誰もが “なんでタモリなんだよ? どうせすぐに打ち
切りになるだろう” と思っていた中でのスタートであった。


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  それに、「いいとも」 初期の頃は、“やっぱりタモリはつまらない” という評
価だったような記憶がある。 それが月日とともにだんだん慣れてきたという
感じであった。 なんとも不思議な存在である。

  そういえば、さんまについても同じようなコトが言える。 「ひょうきん族」 の
頃のさんまは、極端にいうと清水圭のような、どちらかというと “つまらない
奴” という印象だった。

 しかしさんまの場合、その後にだんだんにさんま自身が面白みを増してい
ったというところがある。 これはおそらく、バラエティ番組の傾向として、時代
とともに 「トーク」 の要素が重要になってきたからだと思われる。 この変化に
よって、逆にとんねるずの魅力はダウンした。

 さて、お笑い番組に続いてフジテレビが世に放ったのが 「オールナイトフ
ジ」 を始めとする深夜番組だ。


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 83年にスタートした、素人現役女子大生を起用した深夜の生放送番組で
あるオールナイトフジは大ブレイクし、他局全てが似たような番組を放送した。
また、この番組には途中からとんねるずがレギュラー出演するようになり、と
んねるずのブレイクもココから始まった。

 そして85年、オールナイトフジの高校生版として始まったのが 「夕やけニ
ャンニャン」 であった。


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 その後87年には、日本のテレビ局としては初めて24時間放送を開始。
深夜枠を 「JOCX-TV2」 と銘打ち、さまざまな実験的な番組を放送した。


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  こうした路線は視聴者の支持を集め、フジは82年、「年間視聴率三冠王」
(ゴールデン・プライム・全日)を達成、その後93年まで12年連続でこの地
位を守り続けた。
 
 思うに、フジテレビのこうした路線は、時代にピッタリ似合っていたというこ
とができる。 フジの人気の上昇は、世の中が右肩上がりで華やかになって
いくのとちょうど歩調が合っていた。

  石橋貴明は、まさにバブルがよく似合う芸人であった。 その後月日が経
つにつれて石橋の面白さが失われていくのは、トークができないという理由
以外に、時代が石橋的ではなくなっていったという面が大きい。 そういう意
味では石橋は不幸である。


 ・・・・・・ いやいや、フジテレビのトレンディードラマについてお話しするた
めの長い長い前置きがようやく終わりました。 お疲れ様でした。

  前の方で、70年代~80年代前半の日本のドラマについての話と、民放各
局、とくにTBSと日本テレビのドラマの特徴などについて触れたと思います。

 またこの頃までは、もっぱらこの2局が日本のドラマを引っぱってきたのだ
ということも述べました。

 ということで、デビュー以降のフジテレビのドラマについてです。

 一言でいうと、フジのいわゆる 「トレンディドラマ」 は、“バブル時代につい
てのイメージビデオ” みたいなモノだと思います。

 そもそも、名前自体が “トレンディ”ドラマな訳ですから、時代を象徴したド
ラマであるのは当然かもしれません。


 トレンディドラマの特徴をまとめると、

・ 88年から90年の3年間を中心に放送されたドラマ
・ 美男美女で、その個性がに好感がもたれている俳優・女優を起用
・ それ以前は数の少なかった女性をターゲットにした作品で、バブル時代
の女性の願望を具現化した内容で、そのほとんどが少女マンガの王道に準
じた恋愛ドラマ
・ ドラマの題名がおしゃれで華やか
・ 登場人物は、テレビ局や広告代理店、デザイナーなどの華やかな職に就
き眺めのいい高級マンションの生活感のない美しいインテリアの部屋に住む
・ 当時話題のスポット、ファッション、アイテム、流行品、ライフスタイルなど
が内容とは関係なしにやたらとでてくる
・ 店や商品の具体的な名前が多く出てくるが、これらはじつはCMであった
・ ドロドロしない、おしゃれで軽いタッチの恋愛模様が描かれる

  全体的な印象として、内容がない、というか心に残らないけれども、主役
級の美男美女役者が多数でてくるし、映るものはみんな流行りのものばかり
なので、観ていておしゃれな気分になることができる。

 言い換えると、トレンディードラマとは、内容よりもその雰囲気を楽しむもの
である ・・・・・ という感じ。

  主な作品は、「男女7人夏物語」 「君の瞳をタイホする ! 」 「抱きしめたい ! 」
「君の瞳に恋してる ! 」 「ハートに火をつけて ! 」 「愛しあってるかい ! 」 「世界
で一番君が好き ! 」 「恋のパラダイス」 など。


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  中でも、もともとこの文章のテーマであった 「抱きしめたい ! 」 はトレンディ
ドラマ最初期の作品で、代表作だといえるでしょう。


  エー、 この記事はもともと、今年の秋に放送されることが決まった、W浅野
主演のドラマ 「抱きしめたい ! Forever」 についてご紹介するためのもので
した。

 そして、この特別編について説明するために、もともとの 「抱きしめたい ! 」
にさかのぼってお話ししようと思ったところ、結果的にこんなに長くなってしま
いました。

 最後までお付き合いいただいてありがとうございました。

  ちなみに、「抱きしめたい ! 」 の内容については説明しませんでしたが、僕
自身内容はよく覚えていません。

  今秋放送予定の特別編はともかく、87年の 「抱きしめたい ! 」 については、
内容よりも、その雰囲気楽しむドラマであったというコトがわかっていただけた
でしょうか?

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W浅野 『抱きしめたい ! 』 あらすじ  【 日本ドラマ30年史 vol.5 】 [テレビドラマ]

 新しい時代の特徴 ③ に関連して、昔のアイドルと違って今のアイ
ドルはぶっちゃけているという例をだしたが、これは一般人について
もあてはまると思う。

「ぶっちゃけてる」 というのは正直であるということもできると思うが、
例えばインタビューなどを受けた場合などでも、今の人は比較的なん
でも正直に本音を話すというところがある。

 じつは、正直になるというのは人と人が深く分かり合ったりコミュニケ
ーションするためにはぜひとも必要なことであって、そういう意味では
昔よりも今の人の方がコミュニケーションが上手になったと言えるのか
もしれない。

 思うに、戦後の日本人はまるで1人の人間が年齢と共に成長してい
くように、日本人全体が年月と共に精神的に成長してきたようなところ
がある。

 戦後しばらくは、貧しくて日々暮らしていくのがやっとやっとであり、そ
れゆえ行動力も小さい。 そして、この頃が1人の人間でいうと子供時代
にあたる。

 やがて昭和30年代になると日米安保闘争や労働争議が起こるよう
になり、それらは40年代以降になると左翼活動、学生運動へと発展し
ていく。

 これらの人々は、たくさん勉強して、理想を追求して激しく行動してい
たワケだ。 この時期が、1人の人間の成長でいうと青春時代にあたる
だろう。

 その後これらの運動は敗北し、やがて政治への関心は薄れ、日本は
ただひたすら経済成長へとまい進して行く。 そしてこれが1人の人間で
言うと、就職して社会人となり仕事に熱中する頃にあたる。

 日本は見事に経済成長を遂げて豊かになり、相当な金持ちにもなっ
た。 しかし85年以降、バブルが崩壊することで苦境に陥っていくことに
なる。

 これを1人の人間でいうと、社会人になって以来ずっと仕事が順調で
お金もたくさん稼ぐことができた。 だが、その後大きな失敗をしてしまう
ことで苦境に立たされ、生活も苦しくなっていく。

 人生半ばで大きな挫折を経験し苦しい状況になってしまったが、それ
でも生きていかなければならない。

 現在の日本人が置かれている状況は、およそこんな感じだと思う。


 さて、③ に関連してもうひとつ。 いまの時代は昔と違って、世の中の
さまざまなジャンルの仕組みが人々に明らかになってしまっている。

 お笑いの仕組み、アイドルの仕組み、政治の仕組み、プロレスの仕
組み。

  上にも少し書いたが、たとえばお笑いにしても、いまの人はお笑いの
仕組みをわかった上で楽しんでいる。 アイドルにしても同じで、アイドル
というのがどういう仕組みで成り立っているのかをわかった上で楽しん
でいる。

 これは、いまの人の方が昔の人よりも大人だということでもある。


 それでは、新しい時代の特徴 ①.世の中が記号的、イメージ的にな
ってきたというコトについて。

 まず、企業というものは、以前は “商品” を売っていたが、80年代頃
からは商品ではなくて “イメージ” を売るようになってきた。

 例えば80年代前半の住友金属のテレビCMに当時新しいタイプのア
イドル(=バラドル)として認知され始めていた山瀬まみが起用され、

「やわらかアタマしてます。 住友金属」

というCMが流行ったことがある。 すごく堅いイメージの会社のCMに、
その対極のイメージをもった山瀬が起用されたワケだが、山瀬自身もこ
のCMによってさらに人気が上がった。

 そして当時、同じように商品ではなくて企業そのもののイメージをアピ
ールするCMが多く作られた。

 有名なものとして、西武百貨店の 「不思議、大好き。」 というのがあっ
た。 これは糸井重里氏のコピーだ。

 今となってはなんてことないコピーにしか思えないが、当時としては「不
思議」 と 「大好き」 というコトバの組み合わせが斬新だとして話題になっ
たコピーだ。

  このコピーに関する文章が、当時の早稲田大学の国語の入試問題に
も出題された。


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 また、コカコーラ社やポカリスウェットなどの歴代のCMはイメージ的だ
し、トヨタの 「eco」 なんかもそうだと思う。


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 CM以外でも、たとえばレースクイーンだとか企業のロゴマークなどは
イメージ的だし、ライフスタイル、セレブというコトバも記号的だ。
 

 次に、新しい時代の特徴 ②.世の中の個人化、細分化について。

 むかしは、国民すべてが同じものに関心をもつということがありえた。
たとえば、巨人の長嶋茂雄選手は全国民のヒーロー、スーパースター
であった。


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  山口百恵やピンクレディーの歌は、国民すべてが口ずさむことがで
きた。 時代的に、松田聖子あたりまではそういう感じがあった。

 しかし、今はもちろん違う。 スマップの 「世界にひとつだけの花」 で
さえ、高齢の人は口ずさむことはできないだろう。

 しかしこれは、人々の傾向が変わったというよりも、世の中自体が昔
よりも飛躍的に複雑、多様になったことの必然的な結果なのだと思う。

 また、世の中が細分化されて多様になったと言う場合、一方では、
全体の量や大きさは変わらずにその分け方が細かくなったという面と、
もう一方では、そもそも世の中に存在するモノゴト自体の絶対量が増
えたコトによる両面があるのだと思われる。

  これは選択肢の数が増えたということでもあって、以前は、人々の好
みの種類の数よりも、実際に存在するモノの種類の数の方が少なかっ
たが、今の時代においては、人々の好みの数の数10倍の選択肢があ
るという感じがする。

  以前は、人々の好みが5種類に分かれているのに対して、現実の選
択肢は3つしかなく、どれか1つを選ばなくてはならないという感じであっ
たところ、それが現在では、人々の5種類の好みに対して選択肢のほう
は20も30もあって、どれか1つに決めきれないという感じがあると思う。

 それは例えば、現在のスマホのカスタマイズなどではほとんど無限の
選択肢があるということ、

  また、リーバイスのジーンズでいうと、カタチは 501、505、525、色は
ブルーか濃紺、というくらいの選択肢しかなかった。

  それに対して現在では、カタチ、色の落ち方、ステッチ、ポケットの形、
生地などの種類の組み合わせによって、ほとんど無数の種類がある。

これならば他人とかぶることはほとんどないだろう。 これは、オンリー
ワンという発想と通じるものがある。 

  今をときめくAKB48についてもそうで、昔ならば48人というのはちょ
っと考えられない数だ。


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 ・・・・・・ さて、そろそろフジテレビの話に戻りましょう。


 vol.6 につづきます
http://perfect-news.blog.so-net.ne.jp/2013-10-04-2

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W浅野 『抱きしめたい ! 』 あらすじ  【 日本ドラマ30年史 vol.4 】 [テレビドラマ]

 それではつづきです。

 この文章はドラマの歴史に関するものですが、80年代以降のフジ
テレビのドラマの人気をより深く理解できるように、その前提として、
ここからしばらくは、戦後日本の文化の移り変わりについて書きます。

 これは個人的な考えなのですが、戦後の日本文化は、80年代前
半を境い目として、それ以前と以降に分けることができると思います。

  以前の文化は、言ってみれば 『サザエさん文化』。


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  この頃の家庭の特徴で言うと、各家が 「~家」 というイメージを持
ち、(場合によっては3世代)家族が1つのハッキリとしたまとまりとし
て存在している。

  家族みんなが共通の関心事をもち、ごはんを家族全員で食べ、家
族全員で1つのテレビ番組を見ろ。 子供たちは個人の部屋を持って
いない場合が多い。

 ちびまる子の家のイメージでもいい。 週の唯一の休日日曜日には
家族そろって電車で都会まで行き、デパートで買い物。 昼食は7階の
食堂で食券を買って注文し、子供はゼリーの容器で型をとったミニオ
ムライスに国旗の刺さっているお子様ランチを食べる。


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  その他、この頃の特徴を思いついたままに言うと、老若男女・国
民全てが同じものに関心を抱けた時代。 テレビ放送は午前1時頃
には終了していた時代。

  パソコンもビデオもなくてCDではなくレコードを聴いていた時代。
ウォークマンがやがて世に誕生する頃でコンビにというものが存在し
なかった黒電話の時代。

 世の中のほとんどの人がダサかった時代。 洋服にある程度気をつ
かうオシャレな人と全く気をつかわないキモイ系の人との割合が今と
はちょうど逆だった時代。

  本音と建前がハッキリと分かれ、「ぶっちゃけ」 があまり存在しなか
った時代。

アイドルは恋愛などするはずがなく、トイレにもいかないのでは? と
思われてた時代。 ブッチャーやジェット・シンは本物の悪人でキチガイ
だと思われていた時代。

 ほんとうの国民的大スターが存在した時代。

 ヒールとベビーフェイス、ボケとツッコミ、トーク、カラミにくい、リアク
ション芸などという娯楽の構造のことなど分からずに、それらのものを
「素」 の状態で楽しめた時代。

お笑いを見ても 「ウマイ」 としか思えない今とちがって、心の底から
「面白い」 と笑えた時代。 欽ちゃんとドリフターズの時代。

 ・・・・・・ ざっとこんな感じかな?

 こういう感じが、1980年前後の頃から徐々に変化し始める。 そして
一定の過渡期を経て、80年代前半になると変化した結果が目に見え
てくるようになる。

 やがて、新しい時代の特徴があらわれはじめる。

 僕が思うに、新しい時代の文化は 『若者記号文化』 という感じだ。

  新しい時代のイメージは 「渋谷公園通り」。 当時青山教会の隣の工
事現場の壁には大きなモナリザが描かれ、その前には日本初の赤い木
枠の電話ボックスが設置された。 そばには誕生したばかりのPARCOや
少し遅れて再デビューを果たした〇I〇I が立ち並んだ。

当時、時代を先取りしすぎたと言われていた松田優作の 「探偵物語」。
オープニングテーマが流れる中で松田がうろついているのがこの公園
通り。 モナリザ、赤ボックス、松田の3ショットの瞬間がある。

  ココに挙げたものすべてが「記号的」 だ。 記号的とは、それが指し示
す当のモノ以外に、それに伴うイメージなどを同時に思い起こさせるとい
う性質のことだ。

 公園通り、青山教会、PARCO、109、スペイン坂、センター街、マック

 いつの間にか街には若者の姿しか見られなくなっていた。 イベント会
場も同じ。

世の中は個人的になり、細分化されていった。 この流れはやがて 「オ
ンリーワン」 という発想につながっていくが、それはまだ先の話。

 ここでまとめると、新しい時代には、3つほど特徴があると思う。

 ①.世の中が記号的、イメージ的になってきたこと 
 ②.世の中の個人化、細分化が進んだこと 
 ③.人々や世の中がぶっちゃけ的になってきたこと

 まず、③ に関連して、ある人の話をしよう。

 ビートたけしという人がいる。 大物中の大物だ。 しかしいつの頃か
らかすっかり落ち着いてしまい、今となっては 「顔のゆがんだ、むかし
面白かった人のイイおじさん」 みたいになってしまっている。

おそらく今の人は、氏が何ゆえ偉大なのかというコトが分かっていな
いと思われる。


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 ビートたけしはなぜ偉大なのか?

 それは、氏が80年代全般にわたって最前線に立って新しい未踏の
時代を切り開いてきたからである。

  どういうことか?

  たとえば、上でも少し触れたが、昔のアイドルと今のアイドルは明ら
かにちがう。 今のアイドルは何もかもぶっちゃけている。

つまり、私は仕事としてアイドルというモノをやっているというスタンス
を最初から表に見せ、

「昔は言っちゃいけなかったみたいですけど、アイドル
だってそりゃあ恋愛もしますよぉ。 おまり大っぴらには言うなって事務
所には言われてるんですけどね」

というようなコトを平気で言ってしまう。

 それでは、このような変化は具体的には誰の頃に起こったのか?

 それはズバリ中森明菜の頃である。

  以前、熱湯コマーシャルで有名な 「スーパージョッキー」 という日曜昼
間の番組があった。 この番組のごく初期の頃、全盛期で飛ぶ鳥を落と
す勢いの中森明菜がメインゲストで出演したことがある。

 当時のアイドルは、いまだ昔の雰囲気を保っていた。 明菜も当時は明
らかにキャラを作っていて、口数が少なくクールな感じで、話すときも低い
声で話していた。


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  また、当時のビートたけしは現在とは全く雰囲気がちがう。 なんという
か、何を言い出すかわからない、とても危険なムードを持っていた。 態
度そのものも今よりももっと不良っぽいというか斜に構えたというか色気
があったというか。


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  そんなたけしが明菜に質問をする。 「今回はゲストに来ていただいてあ
りがとうございます。 どうですこの番組は? たまに見ることありますか?」

 「ええ、とても面白くて、いつも見ています」

 間髪いれずにたけしが 「なにそれ。 そんなのウソでしょ? え? 事務
所にそう言えっていわれたの?」 と、いかにもイジワルな感じで早口で
突っこむ。

 一瞬にして凍りつくスタジオの観客。 その場に鋭い空気が充満する。

 いちばん驚いているのは明菜だ。 え?うそ?どうして?何言ってるの?
顔がマジになっている。 とっさに対応できない明菜。 あ、イヤ、あの ・・・・ 

  当時はまだ、このたけしのようなやり方は普通はありえなかった。 本来
はやってはいけないコトだった。 まだ時代がそうだったのだ。

 今のアイドルであれば 「いや~、じつはそうなんですよ~ ・・・・ って、
なんでやねん ! 」 くらいの受け答えができるかもしれない。

  でもこれは、たけしが先頭に立って変えてきたからこそ今のアイドルが
言えるようになったということだ。

 当時のたけしは、自分のこの役割を自覚していたと思う。 「自分が時代
を変えるんだ。 俺がやらなきゃ、他の誰にこれができるんだ」 と思ってい
たと思う。

 たけし氏が変えてきたことはもちろんこれだけではないと思うが、全体
的従来言ってはいけないコトを言ってしまってきた、やってはいけないコト
をやってしまってきた、言ってしまいやってしまうコトで既成事実を作って
きた、というところがあると思う。

 こういう役割というのは誰でもができることではないし、誰でもがやりた
がるコトでもない。 しかしたけし氏はやってきたということだ。

  これは時代の感覚、世の中の人々の感覚に関することなので、たけし
氏がやったことは記録には残らない。 それゆえに今の人たちにも伝わ
っていないのかもしれない。

  大幅にスケールダウンするが、明石屋さんまも1つだけ同じようなことを
やった。 エッチという表現を使うことで、日常会話の中で性行為について
話すことを “あり” にしたということだ。


 vol.5 につづきます
http://perfect-news.blog.so-net.ne.jp/2013-10-04-1

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